全国各地で活躍するマウジン2018 宇都宮 桃子互助交通(有) タクシードライバー

宇都宮 桃子 (うつのみや・ももこ)
互助交通(有) タクシードライバー
(2015年度 武蔵野美術大学造形学部 空間演出デザイン学科卒業)
1994年、神奈川県横浜市生まれ。2012年、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科に入学。舞台衣装ゼミナールに所属し、2016年3月卒業。卒業後約半年は定職につかず、コンテンポラリーダンスカンパニー「東京舞座」で、記録カメラマン兼演者や小道具制作等で携わり、映画館の映写スタッフのアルバイトでしのぐ。その後、2016年11月に互助交通有限会社に就職。事務職業務と運転研修期間を経て、2017年10月よりタクシードライバーとして路上デビュー。今夢中になっているのは体力づくりで、空手、太極拳、ローラースケート。最近の仕事中の楽しみは美味しいものをお店が混んでない時間に食べること。

互助交通(有):東京の下町(墨田区、江東区)を拠点にする創業63年のタクシー会社。従業員数は190名(2015年現在)で女性ドライバーはひとり。本場英国から輸入したロンドンタクシーで「想い出タクシー」サービスを展開するなど、タクシーのイメージを変えるユニークな試みに取り組み、また働く従業員にとって居心地のいい会社づくりを目指している。 Webサイト:http://www.gojyo-taxi.com/

「タクシー」という特殊空間を、お客様目線で演出したい

卒業制作「浮庭」。空間には、日常なのだが日常ではない、そんな気持ちが呼び起こされるような小道具が散りばめられている。

大学の課題:CDジャケットのデザイン

─進路を変えた卒業制作

ムサビで最も印象深かったのは卒業制作です。日常生活で累積された「モヤモヤとした感情」が何なのかふと思いを馳せたとき、映像として流れてきそうな心象風景のようにしたく、その中に暮らす同じ服を着た3人が自由に動きまわるというインスタレーション作品をつくりました。最後は自分としては重たい内容になったと思っていたのですが、観客の皆さんの反応は意外なもので、コントでも見ているかのように笑い、そして「あなたっぽい」と言ってくれる人も。このような、作者の意図と観客の捉え方が一致しない「ずれ」をとてもおもしろいと感じました。
学校での制作がやっと楽しいと思えた時に卒業を迎えました。強い創作意欲と、まだ何にも縛られたくないという思いから就職を選ばず、当初美術スタッフを募集していたコンテンポラリーダンスグループに携わることになりました。

互助タクシーは本場英国から輸入したロンドンタクシーを2台持つ。右側のラッピング車両は「ニコニコ超会議」というイベントや教習所の開放イベント等に展示されている。

─タクシー運転手の仕事を選んだ理由は

卒業後半年くらい経って妄想から覚め(笑)、まず働こうと決意しました。それで、比較的自由な時間も確保できる職業は何かと考えたとき、トレーラートラック運転手の父からヒントを得て、運転なら割と自由がきくのではと閃いたのです。同時に、自分は団体行動より単独で没頭するやり方が向いていると薄々気づき始めていましたし、東京五輪を控え、今後増える外国人訪日客を私なりにもてなしたいという思いもありました。こうしてタクシー会社に的を絞って調べていたとき、友人から「女性ドライバー募集中のおもしろそうな会社」として互助交通を紹介されたのです。ロンドンタクシーのユニークな取り組みや、くだけて読みやすくデザインされたホームページなどに、興味と好感を覚え、さっそくウェブで応募し、面接の後すぐに採用されました。

お客様へのギフトのクリスマスステッカー。アイデアもデザインも宇都宮さんの提案。

─互助交通での仕事内容について

社長は「タクシーのことをもっと若い年代の方に興味をもってもらえたら」と考えていて、新しいアイデアを奨励し、会社の改善にとても積極的です。私の最初の1年は事務職の広報担当として、クリスマスにお客様へステッカーをプレゼントすることを提案し、デザインを担当させてもらったり、会社のインスタグラムやブログでPR活動をしたりと、企画から実践まで幅広く手がけていました。

内装の塗り替え前(左)と塗り替え後(右)

また、会社の内装の雰囲気を変えることも任せてもらえました。コンセプトは「ロンドン・和モダン・空想の建築」にして、ロンドンタクシーがあるからという理由、和モダンは社長のリクエスト、空想の建築というのは「これから変化していく、いい意味で未完成の場所」というニュアンスを含めました。
今はちょうど、タクシードライバーになって1年あまり。ようやく力の抜き加減がわかってきて、タクシーの良さに浸れるようになったところです。ハロウィーンのときには自作の衣装を着て業務に出てみました。次はクリスマス仕様に、ドア2面分のデザインを任せてもらえるよう準備をしています。

壁絵の一部(左)。右は車の廃棄物を使って作られたベル

─タクシーという空間でやってみたいこと

タクシーは出会ってすぐ別れるという「特殊な空間」。多くの乗客にとってそれは「移動」という日常行動の一部でしかなく、こなすだけの空白の時間です。そういう場所でお客様がより快適に目的地まで過ごせて、少しでも他のタクシーとは違うちょっとした楽しみのある空間づくりができればと思っています。
例えば、車内に「ZINE(ジン)」などの自主制作の雑誌を置いてみる。タクシーは不特定多数の人の目に触れることができるので、設置場所として最適ではないでしょうか。
それから車内で広告映像を流すタクシーが増えましたが、オリジナル映像を流せたら素敵だなと思います。社内で先輩乗務員とバンドを組んで映像を撮ったり、乗務員同士の何気ない会話を字幕にした映像を映してみたり、見ていてふっと笑ってしまって肩の力が抜けるような空間になったら理想的です。

ロンドンタクシーも描かれている

─今後の展望

やりたいことや、無意識に手を動かし続けていられること、そういった自分の「軸」が見つかったら、仕事や環境は何でもいいのかもしれません。私自身まだ模索中で、今はいろいろな人の話を聞いてみたいという気持ちが強くタクシーを選んでいることもありますが、次に何が必要なのかを感じ取った時は、現状に不満自体はなくてもその気持ちに正直に動かされてしまうんだろうなと思います。

ハロウィーンのコスチューム。映画『魔女の宅急便』のキキに変身

─ムサビで私が学んだ貴重なこと

ムサビの自由な環境の中では、各人が個別にルールのようなものを持っていました。それは何かに心が動かされたり、ふと気づいたりしたときに無意識に抱く、「好き」「嫌い」「許せない」「懐かしい」などの感覚が、自然と自分自身の中にルール、もしくは譲れない一線として培われてきた結果だと思います。
一方で、意識的に考えなければならないことに直面したときには、まずイメージや固定概念の有無に気づくことから始まり、そのイメージを全部取っ払うのか一部残すのか、そのバランスであれこれ遊んでみる楽しさも大学で学びました。その結果、ものごとを固定観念で決めつけず、いろいろな角度から見る癖がついたように思います。何かが起きても動揺せず、一息置いて考えることができるので、仕事上でも役立っています。

ハロウィーンのときには自作のおしゃれな制服(ホテルのドアマン風)でおもてなしドライブ。

編集後記

インタビューのあと、いつも以上に街中のタクシーが気になっていたところ、「この仕事は自分にぴったり!」と生き生きとハンドルを握る20代男性運転手に遭遇。「1日17時間働いて翌日は休み。普通のサラリーマンの2日分の仕事を1日でこなしてます。」と誇らしく語る言葉に、仕事観が変わってきているのだなと感じた。
「ただなんとなくスマホをチェック」したり、「外の景色をぼーっと眺め」たりして無意識にやり過ごしていたタクシーでの移動時間も、ひとつの舞台空間となりうるのだと考えると、何気ない日常の一つ一つが特別な時間に思えてきた。

ライタープロフィール

大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
名古屋市生まれ。1986年に早稲田大学政治経済学部卒業。NTTに8年間勤務し、広告宣伝や展示会、フィランソロピーを担当する。その後、米国ワシントンDC、パラグアイ、東京に移り住み、2006年に武蔵野美術大学造形学部通信教育課程デザイン情報学科コミュニュケーションデザインコースを卒業。2008年よりスミソニアン自然歴史博物館のグラッフィックデザイナーになり、現在も東京よりテレワーク中。NPO団体のデザインも手がける。
http://www.kunikodesign.com/