全国各地で活躍するマウジン2018 岩佐 十良|マウジン

全国各地で活躍するマウジン2018 岩佐 十良株式会社自遊人代表取締役/クリエイティブディレクター

岩佐 十良 (いわさ・とおる)
株式会社自遊人代表取締役/クリエイティブディレクター
(1989年 武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科4年次在学中に退学)

1967年、東京都生まれ。ムサビ4年次、編集プロダクション「クリエイティブカラット」創業のため退学。1990年12月に株式会社化し、代表取締役に就任。2000年、雑誌『自遊人』を創刊。2004年1月にオフィスを東京の日本橋から新潟県南魚沼に移転し、移住する。同年、米づくりをスタート。2010年、農業生産法人自遊人ファームを設立。2012年、南魚沼市大沢山温泉の旅館を引き継ぎ、リノベーションに着手。2014年5月に、宿泊施設「里山十帖」をオープン。同年、里山十帖がグッドデザイン賞BEST100、ものづくりデザイン賞(中小企業庁長官賞)を受賞。

上質な情報を発信するための「覚悟と責任」

「Ecological. Creative. Organic. We're designing lifestyles.」をテーマにしたライフスタイルマガジン『自遊人』。年4回発行。

─4年生で起業することになった理由は?

実は3年生の頃からすでにいくつか仕事をいただいていたんです。街の印刷店からデザインの発注を受けたり、大手住宅メーカーから売れ残ったマンションの空間演出を依頼されたり。そんな活動が目を引いたのか、4年生になった頃、全国の大学でユニークな人材を調査・発掘していたリクルート社から声がかかりまして。
当時、リクルートの社内にはグラフィックデザイナーとして高名な亀倉雄策さんの事務所がありました。僕をスカウトしてくれたリクルートの社員の方がその事務所に連れて行ってくれたんですが、彼に「デザイナーというのはずっと新しいものを出し続ける、ずば抜けた能力がないと生きていけない。君はデザイナーとして生きる気持ちはあるか」と問われたんです。答えられずにいると、「君には編集の才能がある。学生向けのPR誌を丸ごと一冊やってみないか」と。僕自身も編集のほうが向いているんじゃないか薄々気づいていたし、しかもこのような依頼を学生の身分で受けるなんてまずない。「これは大きなチャンスだ」と思い、大学を辞めて編集プロダクション「クリエイティブカラット」を創業しました。

温泉や食、近年ではオーガニック・ライフスタイルにこだわって特集し、情報感度が高く発信力のある読者から支持されている。

─当時はどのような仕事を主にされましたか

アルバイト求人情報誌『FromA』やブルーカラーに特化した求人情報誌『ガテン』、旅行専門誌『じゃらん』など、リクルート系の雑誌を担当していました。ありがたいことに弊社が巻頭特集をつくると売れるということで、のちに都市情報誌『東京ウォーカー』、『TOKYO★1週間』なども手がけました。
大事にしていたのは「部数」ですね。写真の配置ひとつ、見出しひとつ、キャッチコピーひとつで部数は変わります。マスに向けてどのように発信すれば雑誌が売れるのか、掲載されているモノが動くのか、マーケティングの最先端のようなことを10年間ひたすら考えていました。

特A地区指定の南魚沼の田んぼで収穫した「新潟県南魚沼産コシヒカリ 里山十帖の美味しいお米」や、そのコシヒカリでつくった大判の手焼き煎餅など多数の商品を販売している。(下)無添加・特殊製法でつくられた「すりおろしにんじんジュース」「ラクティックアシッドד完熟野菜”野菜時間」など多くのオリジナル商品を開発している。

─2004年、オフィスを東京から新潟県に移転した決め手は

独立時に「10年経ったら自分で媒体を出そう」と決めていたので、2000年に雑誌『自遊人』を創刊しました。「メディアは上質な情報を発信すべきだ」と思い、コンセプトやテーマ、読者層をそうとう絞った雑誌にしました。
また、上質な情報を提供するためには紙だけではなく品物自体も発信しないといけない、つまり「情報に対して、発信する側が責任を持つべきだ」と考え、2002年に米の販売をスタートしました。社を移転したのは、米を売るのであれば自ら米を勉強すべきだし、自らのライフスタイルも考えなければと思ったからです。のちに味噌、醤油、野菜なども順に手がけ、現在では50種類以上の商品を取り扱っています。

絶景の山々を望む6室、森が間近な6室、離れの部屋1室の計13室が完備された「里山十帖」。露天風呂付きの部屋も多く、静謐で豊かな時間を過ごすことができる。

─2014年には宿泊施設「里山十帖」もオープンされています。

「廃業した温泉宿を引き受けないか」と依頼があったのは、2012年5月のことです。いまでこそ観光やインバウンド、地方創生などと叫ばれていますが、当時は震災からようやく1年が過ぎた頃。僕らの食品も大打撃を受けており、西日本に移ろうかと考えていたときでした。8年間、この地でさまざまな人にお世話になっていたこともあり、施設を運営することによって食品の風評被害も払拭できるのではないかと思い至り、引き受けることにしました。

食事や談話が可能な「早苗饗-SANABURI-」。建具は総欅・総漆で、骨董の器や国内外の有名デザイナーがデザインしたダイニングチェアなどがふんだんに使われている。

─ムサビで印象に残っている先生は?

別荘建築が専門の三輪正弘先生と、北欧家具の第一人者である島崎信(まこと)先生のおふたりでしょうか。三輪先生で印象に残っているのは、「カバードデッキ」。別荘の屋根のかかったデッキ部分のことで、住空間の外と内のキワみたいな空間が大事なのだと教わりました。島崎先生はとにかく「測れ」と口癖のように言っていた。椅子の座面の高さ、テーブルの高さを測って、座って、体感しなさいと。
正直、在学中は何も感じていなかったけれど、その後1996年に軽井沢にサテライトオフィスをつくったり、里山十帖では北欧家具をたくさん使ったりしていて、「なるほど、ライフスタイルとして影響を受けているんだな」と腑に落ちました。

作品展示や企業研修にも利用できるイベントスペース「hito-bito」。

─仕事で大事にしていること

僕らは、雑誌、食品販売、宿泊施設の経営などすべてを総括して、「リアルメディア」という言い方をしています。そのリアルメディアでいちばん大事なのは、やはり現場主義。現場に出て考えよう、現場に行こう、現場でやろう、ということです。特に地方はこれから重要な時代に入るわけで、東京で地方のことを考えるのはナンセンス。やはり地方に移住し、その土地の人々を巻き込む形で関わるべきではないでしょうか。

里山十帖には、手間暇かけたプロダクトを扱う、ライフスタイルショップが併設されている。

─岩佐さんにとってデザインとは?

デザインというのは、本来は「世の中の仕組みを変えていくもの」だと思います。世の中というのは、政治や経済、地方の寄り合いまで含めたすべてのコミュニティを指していて、デザインはそれらを内包しながら存在している。単純にカタチや外見が美しいとかいう話ではない。例えば、デザイナーや建築家も自分の作品を顧客に渡して終わりではなく、それ以降に作品や建築物が独自の道を歩みはじめたとき、いつでも責任が取れるように考えたらいいと思うんです。商業建築専門の建築家であれば、一軒でいいから自分で店舗経営や運営をしてみる。そうすれば、デザインとはつまり何なのかが見えてくるのではないかと思いますね。

─ムサビで学ぶ学生にメッセージを。

ムサビの工芸工業デザイン学科で毎年一コマ、特別講師として教えているのですが、正直日本の学生より留学生のほうがイキイキしていると感じます。日本の学生にもぜひ頑張ってほしい。アドバイスとしては、自分が将来何をしたいのかだけを真剣に考え、一度決めたら、その方向性でやっていくこと。どのようなプロセスを経たとしても、目標にたどり着くことが大事。迷わずに挑戦してください。

編集後記

岩佐さんのインタビューで強く印象に残ったのは、何度も口にされた「責任」という言葉だ。起業、雑誌の創刊、新潟への事務所移転、廃業した温泉宿の復活など、そのときどきで世の中に対して確かな責任を持ち、覚悟を決めて行動している人だと感じられた。だからこそ、そこで生み出される“リアルメディア”は人を喜ばせ、癒やし、新しい価値観やライフスタイルの発見につながっていくのだと思う。今後のますますのご活躍を心より期待しています。

ライタープロフィール

堀 香織
1992年度 武蔵野美術大学造形学部 油絵学科卒業
鎌倉市在住のライター兼編集者。石川県金沢市生まれ。雑誌『SWITCH』の編集者を経てフリーに。人生観や人となりを掘り下げたインタビュー原稿を得意とする。毎月、雑誌『Forbes JAPAN』で執筆中。ブックライティングの近著に映画監督 是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』『世界といまを考える(全3巻)』、横井謙太郎・清水良輔共著『アトピーが治った。』、落語家・少年院篤志面接委員 桂才賀『もう一度、子供を叱れない大人たちへ』など。
http://forbesjapan.com/author/detail/296