新しい暮らし、社会をデザインする
和田智 カーデザイナー

和田智「新しい暮らし、社会をデザインする」

このA5を手がける直前、私は元アルファロメオのディレクターで、アウディのディレクターであったヴァルター・デ・シルバ(現VWグループデザインディレクター)に電話で呼び出されました。そして彼の部屋で打ち合わせをしたのですが、彼はなかなか本題に入ろうとはせず、子供の頃に自身が育ったミラノの街中で見たクルマの存在感や美しさなどの感動について、延々と話し始めました。例えば、「あのオペラハウスを横切ったところで見たランボルギーニーミウラの美しさに感動した」といった類の話です。そんな話を聞いているとき、私はふとあることに気付きました。それは、彼が感動した車のほとんどがクーペであるということ。ヨーロッパでクーペをデザインするということは、デザイナーにとって非常に華のある仕事とされています。それはクーペがヨーロッパの文化の根幹をなす最も大切なもの、すなわちエレガンスを表現するのに最適な車であるからです。そして彼は私にこう言いました。「私は子供の頃に自分が感じた感動を今の子供たちに伝えたい。それを創ってくれるね」と。

この言葉の意味するところは、ただ単純に新しくて格好いいもの、今すぐ売れそうなものを作ればよいということではなく、長く過去から続いてきたヨーロッパの文化の最も大切なものを認識し、今の時代の新しい解釈で創ってほしいということだったのです。自分が子どもの頃に感動したヨーロッパのクルマ、文化を創るとはどういうことなのかということをアジアのデザイナーに継承させたかったのだと感じています。

これからのデザイナーに求められているもの

とりわけリーマンショック以降、 資本主義や市場経済に対する信頼が揺らぎ、また限りのある資源を乱獲する大量生産、大量消費といった、これまで近代化を支えてきた社会のシステム、土台となるものが揺らいでいます。それは同様にデザインの世界でも例外ではありません。例えば自動車メーカーではハイブリッドやEV車の開発競争がおこり、これからは新しい体系でのプラットフォームが必要となります。しかし、従来からあった内燃機関を積んだ車を開発するためのプラットフォームをすべて壊し、刷新することはできないのは、そのシステムの中で作られることを前提にコストが計算され、モデルチェンジの計画も立てられ、雇用も守られているからにほかなりません。

しかしデザイナーにとって、土台の上に置かれるモノのスタイリングをやっていればよかった時代は終わりです。これからのデザイナーには、従来のシステムを打ち破って新たな土台を創れるような発想力そして人間力が求められています。しかし、新しい土台を創り直すということは簡単なことではありません。揺らいでいるとはいえ、そのまま土台に乗っていた方が楽でしょう。しかし、そういう土台創りからできる人間でなければ、新しい暮らしや社会を創ることはできません。もちろんこのことはデザイナーに限ったことではなく、政治家でも金融業界の人間でも、あらゆる業界の人間に通じることです。これからは従来の視点とは異なった発想、考え方でものを動かせる、真のクリエイティビティーが求められる時代なのです。

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