溶断の向こう側に鉄の別姿を求めて
青木野枝 彫刻家

青木野枝「溶断の向こう側に鉄の別姿を求めて」

地元の方のリクエストでゴミよけの柵を作ったのですが、これが後で問題になったんですよ。この柵を見た観光客から、「神聖な場所へ手を加えることは冒涜」などとインターネット上で批判されたんです。このとき、ソーシャルメディアは良い部分もある半面、怖い部分もあるんだなって思いました。批判している人は、私と地元の方々との間でどういうやりとりが行われたのか、全く知らないまま批判しているわけですから。憶測のままに語っている方もいらっしゃいましたし、実際に見て擁護してくださる方もいました。今までこのような批判にさられてこなかった美術家として、タフな冷静さを求められていると感じました。

『空の水-V』2006年
(旧高道山小学校・白羽毛)
写真:山本糾
協力:ハシモトアートオフィス

一方、「越後妻有 大地の芸術祭」は最初、なかなか地元の方に受け入れてもらえませんでした。この芸術祭も瀬戸内同様、過疎が進んだ越後妻有に現代アート作品を常設したもので、私は西田尻と白羽毛という二つの集落で作品を作りました。最初に行ったのは白羽毛。ここでは小学校跡のプールが非常にキレイだったので、ここに作品を作りたいとお願いしに行ったのですが、理解していただくのに時間がかかってしまって。役員の方々が10人ほどいて、雪の中を一升瓶とお菓子を持って行ったのですが、「東京から変なおばさんが来た」みたいな感じ。私が企画を説明した後、沈黙の時間が永遠と思えるくらい続いたことを覚えています。でも、いざ作りはじめると、今度はものすごく親切にしてくださる。もう何年も通っていて、田植えや稲刈りなども手伝っていて、今では自分の故郷のような親近感を感じています。

やりたいというエネルギーを制作活動にぶつける

わたしの作品は大きくて重たいので、たくさんの人に迷惑をかけないと完成させることができません。ムサビ時代もずいぶん周りに迷惑をかけました。卒業制作なんて30人くらいの男子学生の助けを借りました。おかげで私のあだ名は、「迷惑かけのルネッサンス」。「野枝が来た! また何か頼まれちゃう」って、みんな逃げていましたね(笑い)。だから、たとえ気の合わない学友にでも頭を下げてお願いしないといけないんですが、そのストレスで毎回「二度とやるもんか!」なんて叫んでいましたね。でも、作品が完成するとすぐ忘れ、また作りはじめる。

ムサビの学生って、みんな大らかだったので助かった部分があったのかもしれません。先生方も放任主義というか、自由な雰囲気で上から何か言われることはありませんでした。技術的なこともあまり教わらなかったし(笑い)。でも、芸術って手とり足とり教えてもらうものじゃないですから。経験が豊富だから、年齢が上だからいいものが作れるというわけじゃないと思っています。ワークショップをやってよく分かったのですが、まったく美術に縁がなかった人でも、自分のそのときの想いをリアルに表現できたら、すごくいい作品が生まれるんです。経験や年季じゃないということがよく分かりました。

学生の皆さんがこれから個展を開いたり、卒業後も制作活動を続けたいなら、他人に迷惑をかけないとできないこともあるでしょう。でも、本気でやりたいと思っていたら、きっと誰かが助けてくれます。大事なのは、やりたいというエネルギーなんです。それが大きければ、なんだって実現できるものだと信じています。

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